Column
愛犬が苦しんでいたら心配のあまり「とりあえず薬が欲しい!」と来院される飼い主様の気持ちはよく分かります。ただこちらとしても「最近耐性菌増えてるし感受性試験してから処方したい…」と思いますよね。(思っていただきたいです!)
ただ培養検査には時間や費用がかかりますので、診察室で飼い主様に必要性を理解してもらえるかが重要です。まずは耐性菌の脅威について飼い主さまに理解していただきましょう!
①耐性菌が増える機序
細菌は本来もっている耐性のほか、増殖途中で遺伝子変異で耐性を獲得したり(垂直伝播)、プラスミドの接合伝達(水平伝播)で耐性を獲得しています。この耐性菌の伝播自体は問題ありません。伝播の頻度は低く、耐性を得るために本来の菌としての能力に何らかの代償を払っていることも多いため、細菌同士の生存競争において弱いからです。
しかし、抗菌薬の投与という「選択圧」が加わってしまうと話は変わります。
薬剤耐性菌以外の細菌が減少し、耐性菌が相対的に増加することによって薬剤耐性菌は増殖の機会を得ます。
特にフルオロキノロンなどの広域スペクトラムの抗菌薬は「耐性菌に有利」で「感受性菌に不利」な体内環境を作り出すということです。また、選択圧だけでなく抗菌薬曝露そのものが薬剤耐性獲得の原因となることもあり、βラクタマーゼの過剰産生やmecA遺伝子の早期発現などが挙げられます。
②耐性菌が増え続けるとどうのような被害があるのか
薬剤耐性(AMR:Antimicrobial Resistance)が増えると感受性を示す抗菌薬が減り、感染症治療の選択肢が著しく狭まります。
近年AMRは世界中で増えており、適切に治療をすれば回復できた感染症が抗菌薬が効かなくなるため治療が難しくなり、死亡にいたる可能性が高まっています。このまま何も対策を講じない場合、2050年には世界で1000万人の死亡が想定され、がんによる死亡者数を超えるとした報告があります。(2050年問題と言われています)
加えて新しく開発される抗菌薬の数は著しく減少しており、一周回ってペニシリン開発以前の「抗菌薬が存在しない世界」に戻ってしまうとの懸念が国際社会で表明されています。そのような世界では、免疫抑制剤すらも感染症にかかる危険から使えなくなるということです。
まとめ
不適切な抗菌薬処方によるAMRの増加は目の前の動物が治らないのはもちろんのこと、未来の動物たちの感染症治療の選択肢を狭めてしまいます。加えて、2050年問題のようにヒト医療にとっても大きな課題です。
飼い主さまにもこれらのことを理解していただき、抗菌薬処方の際は積極的な細菌検査の利用を推奨いたします!
次回、VDTの細菌培養検査の強みについてお話ししますので、併せてご覧ください!
出典:AMR臨床リファレンスセンター
細菌検査事業部 獣医師 石原 紗羽